僕達の願い 第11話


応接室に設置された高価なソファーに座っているのは、この国の首相枢木ゲンブ。そしてその一人息子の枢木スザク。
その向かいには枢木政権の影の立役者である桐原泰三、そして日本の皇族皇カグヤが座っていた。
応接室の近くにある部屋には藤堂が控えているはずだ。
にこやかな笑みを浮かべる幼いカグヤの姿は、じわりじわりと幼いころのトラウマを抉るのだが、彼女の表情から、彼女もまたあの時代を知る人物だとすぐに解った。
おそらく、桐原も同じだろう。
だが狸爺は表情ではそれを悟らせてはくれない。

「では、ブリタニアの皇子と皇女を呼んできましょう」

ひと通り話を終えたゲンブはそう口にしたが、桐原はやんわりとそれを断った。

「聞けば、一人は怪我をしているとか。ならば此方から伺ったほうがいいだろう」
「ふむ、それもそうですな。では行きましょうか」

ルルーシュの怪我の具合を思い描いたゲンブはすぐに了承すると立ち上がった。

「父さん。今日はこれから会議なんですよね?後は僕が案内をしますので、会議の準備をされたらいかがでしょうか」

後は二人に引き合わせるだけでしょう?と口にすると、ゲンブはそれもそうだと頷いた。

「そうか、では任せる。桐原公、カグヤ様、私は会議がありますので失礼致します」
「ああ、儂らの事は構わなくてい。スザク、その皇子と皇女の元へ案内せい」
「はい。此方です」

スザクは先導するように応接室から出ると、二人の部屋へ移動した。コンコンとノックをし声をかけると、ナナリーの返事が帰ってくる。鍵が開く音とともに、ジェレミアが部屋のドアを開けた。

「桐原公と皇カグヤ様を連れてきました」
「お初にお目にかかります。ルルーシュ様とナナリー様の護衛として共におりますジェレミア・ゴッドバルトと申します。どうぞ中へお入りください」

ジェレミアは頭を下げ、扉を大きく開いた。
スザクは失礼します。と一礼した後部屋へ足を踏み入れた。同じように桐原、そしてカグヤも入室する。
部屋へ入ると目につくのは桜が描かれた大きな屏風。
寝ている姿がすぐに見えるのは嫌だろうと、蔵から引っ張り出してきたのだ。
扉が閉まると、その屏風の向こうからナナリーが姿を現した。
そして皇族らしく凛とした佇まいで、それでいて年齢相応に可愛らしく挨拶をした。

「ナナリー、ルルーシュは?」
「まだお目覚めになっていません。もう少しで起きると思うのですが」

何時もでしたらもう起きている時間なのですが。
不安の混じった声でナナリーは言った。
スザクはその不安を吹き飛ばすように、明るい笑顔をナナリーに向けた。

「風呂に入って疲れちゃったんだね」
「そうかもしれません。申し訳ありませんがもう少しお待ちいただけますでしょうか」

ナナリーの言葉に、座布団の上に礼儀正しく腰を下ろしたカグヤは構いませんと笑顔で告げた。

「お久しぶりでございます、ナナリー様。歩いているお姿は初めてですわね」

そのカグヤの言葉に、ナナリーは目を見開いてスザクを見た。
この一言でスザクも確信する。

「そうみたいなんだ。ね、カグヤ。君は覚えてるんだろ?」

過去とも未来とも言えるあの時代の事を。

「ええ、勿論ですわ。こうして再びお会いできて嬉しく思います。特に、ルルーシュ様と」

カグヤはそう口にすると屏風へ視線を向けた。

「桐原も覚えているのですよ。ただ、ブラックリベリオンの後に処刑されてしまいましたから、最近の事まで全て私が説明しましたの」
「ゼロがルルーシュであることは、初めて会った時に知ってはいたが、人柱として日本に送られた子が、まさか自らを本当に人柱とするとは思わなんだ。スザク、お主もだ」

桐原はすっと目を細め、スザクを見た。
その瞳に宿るのは非難や冷笑ではなく、悲しみと痛みと、労りだった。
桐原にこんな眼で見られたことのないスザクは、自分の見ているものが信じられないという顔で桐原を見つめ返した。

「だが、お主たちには後できっちりと説教をさせてもらう。まだ若いというのに、全てを自分たちで抱え込み、その命を散らすなど愚かとしか言えん」

険しい表情のまま呆れたように言われ、スザクは思わずその身を縮めた。
桐原には幼いころ散々叱られたから、ある種の条件反射のようなものだ。

「それで、藤堂から話を聞いているが、眼と足意外にも傷を負ったとか」

ナナリーが入れた紅茶を口にしながら、桐原とカグヤは真剣な表情で此方を見た。

「はい。ナイフで執拗なほど全身を切りつけられています」
「ふむ。今日はルルーシュの主治医となる医者も連れてきておるから、是非引きあわせたいのだが」
「お願いします」

スザクは深々と頭を下げた。

「よろしくお願いします」
「ルルーシュ様をお願いします」

横に座っていたナナリーも、そしてジェレミアも同じように頭を下げると、桐原は安心しろ、信用できる者だと、そう口にした。

「・・・あ、お兄様、目が醒めましたか?」

ナナリーには何か聞こえたのか、すぐに立ち上がると屏風の後ろへ移動した。
スザクもすぐに立ち上がり、同じく後ろへ移動すると、ベッドに横たわるルルーシュの手を取った。
元々低血圧で寝起きの悪い彼は、起き抜けに感じた痛みに耐えるように眉を寄せながら、唇を噛み声を殺していた。
苦しそうなその姿に眉尻を下げながらも、スザクはルルーシュに声をかけた。

「ルルーシュ、起きた?桐原とカグヤが来てるよ」

できるだけ優しく、落ち着いた声でそう語りかけると、ルルーシュはぴくりと反応した。
のろのろと、瞳を閉ざしたまま向けられた顔に、誰だお前は。そう言われているような気がして、スザクは無意識にルルーシュの手を強く握った。

「ねえルルーシュ、僕が分る?」
「・・・スザク?ああ、すまない、寝過ごしたか?」
「ちょっとだけね。桐原とカグヤが来てるよ。話せるかな?」
「あ、ああ。大丈夫だ」

ナナリーがタオルでルルーシュの顔に浮き上がった汗も拭き取っていく。
顔色は悪く、大丈夫じゃなさそうだなと思いながらも、医者との顔合わせもあるから此処は頑張ってもらわ無ければならない。
スザクはジェレミアに声をかけ、視界を妨げていた屏風を移動した。
ようやく会えると笑顔を向けていたカグヤは、ルルーシュの姿を見て声を無くし、桐原もまた覚悟はしていたが予想以上に酷いルルーシュの様子に眉を寄せ、低く唸った。
幼い体に巻かれた痛々しいまでの包帯。
青白い肌、青ざめた顔。
浮かび上がる珠のような汗。
やせ細った腕。
生々しいまでの、傷跡。
カグヤの瞳から、耐え切れず涙がポロリと零れ落ちた。

「横になったままで申し訳ない」

体を起こすのは無理だと判断し、横になった姿のままで話すルルーシュが苦笑した事で、二人はこわばった表情のまま立ち上がるとベッド脇に移動した。

「いや構わぬ。行政特区の式典以来だな、ゼロよ」

あまりルルーシュに無理をさせられないと判断したのだろう。余計な会話をすべて飛ばし、自分に記憶があることを桐原は示した。

「お久しぶりです桐原公。あの時はお救いできず申し訳ない」
「いや、仕方が無い事だ。主が気にすることではない。カグヤから聞いたぞ。馬鹿なことをしたものだ。お主なら他にやりようもあっただろうに」

それはカグヤもまた記憶があることを示す言葉だった。

「いいえ、私にはあれが精一杯でした。それに、大罪を犯した私にはあれ以外進むべき道などありません」
「悪逆皇帝など・・・まあいい。その話はまた今度、スザクと共にしっかりと言い聞かせねばならんな。今はまず、お主の主治医と会わせよう」
「では私が連れて参りますわね」

カグヤはその大きな瞳からポロポロと涙を流しながらも、明るい声でそう言うと、パタパタと軽快な足音を立てて部屋の外へ姿を消した。
ルルーシュの姿を見てから、眉を寄せ、悲痛な表情で静かに泣いていたカグヤは、部屋の外にでると、ハンカチで流れ落ちた涙を拭き、深呼吸をした。
話に聞いていた以上に酷い傷跡に、幼い心は悲鳴を上げた。 白い肌に巻かれた包帯の多さに言葉を無くした。
感情のコントロールをしきれなかったが、気付かれずに済んだだろうか。
下手な心配も気遣いもさせたくない。泣いたことを知られたくはない。
回りにいた者も皆、カグヤのその気持ちに気付き、誰も何も言わずにいてくれた事に感謝をした。少し落ち着いたカグヤは再び軽快に走りだすと、藤堂達が控えている部屋に足を踏み入れた。



「は~い、ゼロォ。久しぶりねぇ。あら~話に聞いてはいたけどアンタ、ホントにボロボロじゃないの。でも、見た目よりは元気そうねぇ」
「ラクシャータか?」

予想外の人物の登場に、ルルーシュは驚きの声を上げた。

「正解。私が今からアンタの主治医。私が治すんだから、あんな手の込んだ自殺は許さないわよ」

そう言うと、ルルーシュの返答も聞かず、傷だらけの手を取り、一方的に契約成立の握手を交わした。
あんな後味の悪い未来など認めない。
扇たちの話を鵜呑みにした事をどれだけ後悔したことか。
今度はちゃんとあんたを見て、支えてあげるから。
だから小さくてもいいから今度は幸せな人生を進みなさい。
それが私の小さな願い。

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